Is This Real life? とラジオから流れてくる『Bohemian rhapsody』にふと目頭があつくなるのは映画での文脈がその場で再生されるからである。70年代とゼロ年代の文脈は全く異なり、queenを聴く世代でもなく、ただラジオで耳にするだけだ。友達との話の話題にも上がってこないし、自主的に聞こうとも思わなかった。でも実際に映画館に足を運ぶと、「なんだこれは!」と思わず声を荒げてしまって、そのあとはひたすらQUEENのサントラを聞いてしまうほどだった。

Queen史を知らないから。

というのが本当のところかもしれない。クイーン史を知らないからこそ楽しめた。実際にこれを書くためQueenを調べてみるとマーキュリー以外にもソロ活動はしていたし、ファンにとっては一つ一つのストーリーとの繋がりが不明瞭にも思えたかもしれない。いい意味でこの映画は脚色され、大衆化されたものであると言えるだろう。

脚本が素晴らしいのは最後のライブエイドのシーンまでの苦悩と葛藤の軸が大きく現れていて見入ってしまうからだろう。もっとも、映画仕様にマスタリングし直された音源も素晴らしいが、僕は本作後半から顕著に現れるフレディの孤独感の肥大化の描写がとてもうまいなと思った。

ツアー先の電話では、フレディー妻であるメアリーが「I love you」と言っているのに対して、フレディは「Good Night」としか返さないシーンがある。このように、二人の「呼びかけと応答」は、次第に齟齬をきたしていく。メアリーは後に違うパートナーと結ばれていく。

またバンドメンバーとの行き違いによる崩壊も描かれており、フレディーの孤独は次第に肥大化していく。

愛されすぎた才能の裏には大きな孤独を持ち合わせていた。SNSで自己発信ができるようになった今では、人気を得れるのと同時に誹謗中傷の危険も孕んでいる。

っていう風に気づけば時代性の流れとその映画を照らし合わせてしまうぼくの悪い癖だ。でもそのぐらいこの映画は普遍性を持ち合わせていて、多くの人に愛されている。

友達はもう8回も観に行ったらしい。ぼくも観に行こうかな。次観に行けば、この映画のタイトルが「queen」ではなく、「ボヘミアンラプソディー」だったのかがわかるかもしれない。

画像引用:https://eiga.com/movie/89230/gallery/27/